私の祖父も、曾祖父も、高祖父も、自分が縄文人であることを知らずに死んだ。自分たちの父がどこから来たのか、自分が何者であるのかを知らないまま、生涯を終えたのである。それが、私には残念であった。
縄文について語ると、「縄文カルト」「縄文ナショナリズム」「縄文ナチス」という言葉で侮辱されることがある。縄文人がアイデンティティを持つことを、憎む人々がいるようである。
しかし、自分の祖先を知り、それを誇りとすることの、どこがおかしいのだろうか。彼らは誰も縄文人のアイデンティティを持たなくなるまで、縄文人が完全に絶滅してくれることを願っているのだろう。
だから、私は縄文屋を作った。縄文人の完全なる抹殺に抗うために…